八千草薫が遺した気品と美学|名作の裏側と愛され続けた生き方の真相
多くのファンを惹きつけた八千草さんの私生活において、最も大きな存在だったのが映画監督の谷口千吉氏です。二人は1957年に結婚しました。当時26歳だった八千草さんに対し、谷口監督は19歳年上の45歳。しかも監督には過去に2度の結婚歴(前妻は女優の若山セツ子氏)があったため、世間や関係者からは「なぜあんな清純派が」と猛烈な反対が巻き起こりました。
しかし、周囲の雑音をものともせず結ばれた二人の生活は、お互いを深く尊重し合う穏やかで豊かなものでした。谷口監督は生前、日本山岳会にも所属する筋金入りの登山家であり、八千草さんも夫の影響を受けて山登りや自然観察の魅力に深く引き込まれていきました。
二人の間に子供はいませんでしたが、そこには悲壮感や欠落感は一切見られませんでした。東京都杉並区の閑静な住宅街にあった自宅では、豊かな緑の庭を手入れし、歴代の愛犬たちを家族同様に慈しむ生活を長年続けました。また、軽井沢や八ヶ岳の別荘へ出かけては、二人で山菜を摘んだり木々のざわめきに耳を傾けたりと、自然と調和したスローライフを満喫したと伝えられています。
後年の手記や特番インタビューにおいて、八千草さんは夫について「私にとっては大きな樹木のような人でした。どんなときもどっしりと受け止めてくれて、好きなように生きさせてくれた」と述懐しています。2007年に谷口監督が95歳で逝去するまで、約半世紀にわたって紡がれた二人の関係は、昭和・平成の芸能界における最も理想的なパートナーシップの一つとして今なお語り継がれています。