碓氷第三橋梁はなぜ山中に建てられた?めがね橋の真相を徹底解説
碓氷峠の鉄道遺産に関しては、インターネット上でしばしば誤解されているポイントが2点あります。
誤解1:「1997年の長野新幹線開業までこのレンガ橋を特急あさまが走っていた」
これは最も多い勘違いです。碓氷第三橋梁をはじめとする旧アプト式線路は、輸送力増強のための新線(粘着運転線)への切り替えに伴い、1963年(昭和38年)に廃線となっています。1997年(平成9年)9月30日に廃止されたのは、EF63形電気機関車が特急「白山」や「あさま」を補機として押し上げていた新線側です。現在歩けるアプトの道は、1963年まで活躍した旧線の跡地です。
誤解2:「アプトの道をそのまま歩けば軽井沢駅まで抜けられる」
現在整備されているアプトの道の終点は熊ノ平駅跡までです。熊ノ平から軽井沢駅までの旧線区間は立ち入り禁止となっており、通り抜けることはできません。軽井沢方面へ向かう場合は、バス等の交通機関を利用するか、旧碓氷峠の登山道(中山道古道)を経由する必要があります。
【プロの結論】おすすめできる人・慎重になるべき人の判断基準
碓氷第三橋梁周辺は、明治の重厚な土木遺産と豊かな自然が融合した唯一無二の観光地ですが、旅程や同行者の体力に応じた判断が求められます。
おすすめできる人:
明治期の近代化遺産や鉄道の歴史に興味がある方、自然の中を適度に歩くハイキングが好きな方、四季折々の絶景写真を撮影したい方には、群馬・長野エリア随一の満足度が得られるスポットです。碓氷峠鉄道文化むらと組み合わせれば、丸一日かけて産業技術史を深く学べます。
慎重になるべき人:
完全なバリアフリー環境を期待している方や、階段の昇降・長距離歩行に不安のある高齢者・小さなお子様連れの場合は注意が必要です。橋梁直下の駐車場から上るだけでも急勾配の階段があるため、事前に同行者の足腰のコンディションを確認しておく必要があります。