なぜ今も残るのか?消えゆく戦争遺跡の全貌と保存・解体の現場検証
日本国内に現存する日本の戦争遺構は、明治期の近代化に伴う沿岸要塞から、太平洋戦争末期の本土決戦に備えて急造された特攻基地・地下壕まで多岐にわたります。終戦直後、多くの軍事施設は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の指令によって徹底的に爆破・破却されました。しかし、山間部や地下深くに掘削された施設、あるいは離島の要塞などは解体コストの膨大さゆえに放置され、皮肉にもそのまま現代まで姿を留めることとなりました。
現在残されている遺構の背景には、大きく分けて3つの要因が存在します。
第1に、歴史的証言力を持つ文化財としての公的保存です。広島の原爆ドームに代表されるように、過ちを繰り返さないための教訓として国や自治体が史跡指定し、莫大な公費を投じて耐震補強や崩落防止工事を行っているケースです。
第2に、地形的・構造的な理由による「放置された残存」です。山林の奥地や私有地の地下に存在する地下壕などは、埋め戻すだけでも数千万円規模の工事費が発生するため、危険を認識しつつも開口部を鉄柵で塞ぐだけの応急処置で放置されてきました。
第3に、地域住民や市民団体による執念の保存運動です。後述する長野の松代大本営跡や東京の日吉台地下壕のように、体験者の肉声や関係者の手記をもとに「事実を後世に伝える防波堤」として民間の熱意によって公開が維持されている拠点です。