なぜ日本と名付けられたのか?国号の由来とJapanの謎を徹底解説
Q1:日本の国名を決めた単独の「名付け親」は存在するのですか?
A1:神話や伝説を除き、特定の個人が1人で名付けたという明確な記録はありません。ただし歴史的には、白村江の戦い以降に律令国家体制の確立を推し進めた天武天皇とその朝廷中枢が、外交と国内統治の刷新を目的として制定したと考えられています。
Q2:「倭」から「日本」へ変わったとき、古代の一般庶民もすぐ呼び方を変えたのですか?
A2:いいえ、当初は貴族や朝廷官人による外交・公文書上の公称として導入されました。庶民の間では長らく土地ごとの地域名や、大和(やまと)、日の本(ひのもと)といった訓読みの呼称が親しまれ、文字としての「日本」の認識が社会全体へ浸透するには中世から近世にかけての時間を要しました。
Q3:なぜマルコ・ポーロは日本を「黄金の国」と紹介したのですか?
A3:マルコ・ポーロ自身は日本本土に直接足を踏み入れていません。中国で耳にした「奥州藤原氏の中尊寺金色堂」をはじめとする豊富な産金の話や、莫大な金が使われた寺院建築の噂が誇張されて伝わり、当時のヨーロッパ人に強い憧憬を与える「黄金の国ジパング」伝説が形成されました。