鈴木雅之とシャネルズの軌跡|改名理由とメンバーの現在を徹底検証

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鈴木雅之の音楽的ルーツは、東京都大田区大森の町工場街にあります。父親が旋盤工場を営む家庭で育った彼は、幼少期からラジオやレコードを通じてアメリカのソウルミュージックやR&Bに深く親しんでいました。特に姉である鈴木聖美が聴いていたモータウンサウンドやドゥーワップの美しいハーモニーは、多感な少年の耳を捉えて離しませんでした。

中学・高校時代、いわゆる「不良」として地元で名を馳せていた鈴木雅之ですが、その情熱の矛先は常にブラックミュージックに向けられていました。1975年、幼馴染の田代まさしや佐藤善雄、久保木博之らとともにシャネルズの前身となるグループを結成します。彼らが目指したのは、当時日本で主流だった歌謡曲やフォークソングではなく、1950年代から60年代のアメリカ黒人たちが街角の街灯の下(ストリートコーナー)で歌っていたアカペラやドゥーワップでした。

その後、バンドサウンドを強化するためにトランペット奏者を求めていた鈴木は、近所で評判だった桑野信義に声をかけます。桑野の父親はプロのジャズトランペッターであり、桑野自身も卓越した演奏技術とステージ度胸を持っていました。こうして、ボーカル4人(鈴木雅之・田代まさし・佐藤善雄・久保木博之)と楽器隊(桑野信義ら)という、日本歌謡界に類を見ない大型ドゥーワップバンド「シャネルズ」の強固な布陣が完成しました。

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