ベーゼンドルファー至高の真相|ヤマハ買収劇とスタインウェイの決定打
オーストリア・ウィーンでイグナツ・ベーゼンドルファーが工房を開いたのは1828年のことでした。当時、若き天才フランツ・リストが演奏すると、激しい打鍵のために当時のピアノは弦が切れ、フレームが粉砕される事故が頻発していました。その猛烈な破壊的演奏に唯一耐え抜いたのがベーゼンドルファーのピアノだったという逸話は、クラシック音楽界の伝説として語り継がれています。1830年にはオーストリア皇帝から皇室御用達の称号を授かり、ウィーン宮廷音楽の伝統と不可分な存在となりました。
ベーゼンドルファーの代名詞ともいえるウィンナートーン(ウィーンの音)の音響学的秘密は、そのボディ構造にあります。現代の標準的なピアノ製造では、硬質な広葉樹(ブナやカエデ)を何層も接着した強固なリム(側板)で弦の強大な張力をガッチリと受け止め、音を共鳴板のみに集中させて反射・放射させます。一方、ベーゼンドルファーは側板の内側や骨格に至るまで、バイオリンの表板にも使われる無垢のスプルース材(トウヒ)を多用しています。
調律師や音響設計者の証言によると、「ピアノそのものをひとつの巨大な共鳴箱、すなわち弦楽器の胴体として響かせる」という設計思想が貫かれています。これにより、金属的な立ち上がりの鋭さではなく、木肌の温もりを帯びた、まろやかで芳醇な倍音成分が空気を満たします。ささやくような最弱音(ピアニッシモ)から重厚なフォルテッシモまで、歌うような持続音(カンタービレ)を生み出す点こそが、他社には決して真似のできない唯一無二のアイデンティティです。