『居酒屋兆治』名作の全貌|高倉健と大原麗子の名演・ロケ地と結末の真実
物語の核心に触れるあらすじとネタバレを含む展開において、最も注目すべきは原作・山口瞳の小説と映画版とのスタンスの違いです。山口瞳が1982年に発表した原作小説は、作者自身の日常感覚や酒場への愛着をベースにした、ユーモアとペーソスが漂う連作短編集的な構成でした。
しかし、大野靖子が脚本を手がけた映画版では、兆治とさよの宿命的な愛のドラマが物語の主軸へと大胆に再構築されています。
かつて愛し合いながらも結ばれなかったさよは、兆治の居酒屋に無言電話をかけ、夜の闇の中から店の灯りを見つめるなど、切実な想いを募らせていきます。やがて夫の家から失火騒動を起こして出奔し、札幌の薄野にあるスナックへと身を落とします。兆治は周囲からさよの窮状を知らされ、心を引き裂かれそうになりながらも、決して自ら彼女のもとへ駆けつけることはせず、茂子と守る日常に踏みとどまり続けます。
そして訪れる結末(ラスト)。さよは重い結核を患い、兆治の名を呼び続けながら孤独な死を遂げます。その報せを耳にした兆治は、人前で涙を流すことも取り乱すこともなく、ただ一人、早朝の仕込みで炭火に向き合います。煙に目をしばたたかせ、燃え盛る炭を静かに見つめるその横顔に、言葉にならない慟哭が滲み出ます。夜になり、再び暖簾を掲げ、「いらっしゃい」と普段通りの声で客を迎える兆治。喪失の痛みを抱えながらも、人は日々の営みを続けなければならないという、厳しくも温かい現実への回帰をもって映画は幕を閉じます。