サザン『イエローマン〜星の王子様〜』はなぜ封印?黒歴史の真相を徹底解説
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シングルセールスの大暴落以上にファンを驚かせたのが、リリース直後からの徹底した「不在」でした。イエローマン星の王子様 ライブ演奏歴を検証すると、驚愕の事実が浮かび上がります。
本作がステージ上で生演奏されたのは、楽曲制作の動機となった1999年の春ツアー「Sephi[sa:fí:]」のみです。このツアーでは堂々の1曲目としてド迫力のパフォーマンスが披露され、異形のマントを羽織った桑田がスタジアムを圧倒しました。しかし、その全国ツアーが幕を下ろした瞬間、この曲はセットリストから永久追放されることになります。その後、年越しライブや周年記念の野外スタジアム公演が幾度となく開催されてきましたが、今日に至るまで一度たりともフルサイズで演奏されていません。
この事実上の「楽曲封印」について、桑田佳祐本人は自嘲混じりのユーモアを交えながら公の場で繰り返し言及しています。自身のレギュラーラジオ番組『桑田佳祐のやさしい夜遊び』では、折に触れて「あれは本当に売れなかった」「僕の人生最大の失敗作(笑)」「レコード会社のスタッフ全員の顔から血の気が引いた」と振り返っています。音楽専門誌のインタビューでも「世間から『サザンは終わった』と本気で囁かれた」と回顧しており、桑田佳祐 イエローマン コメントの数々は、彼にとって本作がいかに痛烈な挫折であったかを物語っています。
しかし、この手痛い商業的敗北こそが、翌2000年1月の歴史的傑作『TSUNAMI』を生み出す直接的な起爆剤となりました。前衛的な実験に走り世間から手痛い拒絶を喰らった桑田は、「もう一度、日本人の琴線に触れる極上のポップスを愚直に紡ぐ」という決意を固めます。もし『イエローマン』の実験が中途半端な成功を収めていたら、約300万枚を売り上げ日本の歌謡史を塗り替えた『TSUNAMI』のメロディは生まれなかった可能性すらあるのです。