蘇我蝦夷と入鹿はなぜ滅ぼされたか?乙巳の変の真相と滅亡の決定打
蘇我蝦夷・入鹿の失脚劇を現代の視点から俯瞰すると、これは単なる古代の宮廷闘争にとどまらず、「創業家・同族経営のガバナンス崩壊」と「心理的バウンダリー(境界線)の喪失」という普遍的な組織リスクの典型例であることが分かります。
蘇我氏は、稲目・馬子の時代までは天皇家という「正統性の保有者」との間に適度な境界線を保ち、黒幕・ナンバー2としてのポジションを厳守することで権力を維持してきました。しかし、蝦夷・入鹿の代になると、権力への過信から自他境界が曖昧になり、自ら天皇と同格の振る舞い(紫冠の私授、大陵の造営、皇族の排除)に手を染めてしまいました。
心理学で言う「全能感の肥大化」と、周囲の不満や恐怖に対する「共感不全」が、山背大兄王の殺害という致命的な悪手を招きました。どれほど優秀なリーダーであっても、他者の生存領域を脅かすほどの専横を行えば、周囲に強烈な防衛同盟を結成され、破滅へと追いやられます。外部監査やブレーキ機能を持たないワンマン体制が辿る結末として、蘇我親子の悲劇は現代の企業経営やリーダーシップ論においても極めて重い教訓を投げかけています。