元祖会津屋たこ焼きはなぜソース無?まずい噂の真相と名店の真価
たこ焼きの歴史を語る上で、初代店主である遠藤留吉(えんどう とめきち)の存在を外すことはできません。福島県会津坂下町から大阪へ単身奉公に出た留吉は、昭和8年(1933年)、大阪市西成区の天下茶屋で小さな屋台を構えました。店名は自身の出身地に誇りを込め、「会津屋」と名付けられました。
当時、留吉が考案して庶民の間で爆発的な人気を博したのが、たこ焼きの前身にあたる「元祖ラヂオ焼」です。明治時代から親しまれていた「ちょぼ焼き」を改良し、醤油味の出汁を効かせた小麦粉生地に、牛すじ肉とコンニャク、刻みネギを入れて球状に焼き上げたものでした。「ラヂオ焼」という奇抜な名前の由来は、当時まだ一般家庭には手が届かない最高級のハイテク機器であり、時代の最先端を象徴していた「小型ラジオ」にあやかったものです。「最新でハイカラな旨いもの」という強烈なマーケティング戦略が、大阪の庶民の心を掴みました。
しかし、留吉の探求心はそこで止まりませんでした。転機となったのは昭和10年(1935年)、ある客が口にした「大阪は肉かいな。兵庫の明石はタコを入れてるで」という何気ない一言でした。明石沖の引き締まった真蛸を使った「明石焼き(玉子焼)」に着想を得た留吉は、具材を牛すじからタコへと大胆に変更。タコの旨味を引き立てるために出汁の配合を徹底的に見直し、ついに世界初の「たこ焼き」を完成させたのです。
この歴史的功績は後世にも語り継がれ、グルメ漫画の金字塔『美味しんぼ』第77巻に実名で登場。「本物のたこ焼きにはソースなど無用」というストーリー展開とともに全国に知れ渡りました。さらに、世界的な権威を持つグルメガイド『ミシュランガイド京都・大阪』において、コストパフォーマンスが高く良質な料理を提供する証である「ビブグルマン」部門に2016年から複数年にわたり選出されるなど、国際的にもその歴史的価値が証明されています。